息子が見つけてきてくれた最高級の老人ホームに入居した80歳男性。至れり尽くせりのサービス、何かあれば医師もすぐかけつけてくれる。素晴らしいところではあるのだけれど、スタッフとのやりとりに疲れてしまい、結局は退去することに。いったい何があったのでしょうか?
※プライバシーに配慮し、実際の事例と変えている部分があります。
突然、奥様を亡くして……
自ら立ち上げた弁護士事務所を息子様に譲り、75歳で現役を引退。郊外の閑静な住宅街で奥様と静かに第二の人生を過ごしていた門倉勲さん(仮名/80歳)。日中は趣味の読書とピアノ、それに愛犬の散歩、夜は奥様の手料理でワインを傾けるのが日々の楽しみです。息子と娘は車で30分程度のところに住んでおり、たまに遊びに来る孫たちの声も癒しになっていました。
ところが半年前に、奥様が病気で急逝。突然のことに呆然自失となり、何も手につきません。葬儀や手続きのために娘様が1カ月ほど自宅に寝泊まりしてくれました。娘は「これからどうするの?」と何度も聞いてきます。
そのたびに「ひとりで何とかする」と答えますが、家庭のことはすべて奥様に任せてきました。生活が立ち行かないことは誰の目にも明らかでした。「食事はどうするの?洗濯機使えるの?犬のトリミングどうしてたか知ってる?」と、細かいことをいちいち指摘され、頭に血が上った門倉さんは「放っておいてくれ!」と啖呵を切ってしまいます。
お手伝いさんが家に入ることには馴染めない
翌日、息子様が「ひとりで生活するのは無理だよ。毎日通ってくれるお手伝いさんを雇うならいい人を探すよ?」と提案してきました。最愛の奥様を亡くしたばかりの門倉さんにとって、他の女性が家の中を仕切るなどというのは想像もできないことでした。奥様にも申し訳ない気持ちがしてきっぱり断りました。
「それなら、将来の介護も見据えて老人ホームに入居するのはどう?老人ホームといっても、高級マンションと変わらないところも多いらしいよ。食事や掃除、洗濯を頼むこともできるし、犬と一緒に入居できるところもあるって聞いたよ」
「自分が老人ホーム?」
想像もしていなかった門倉さんですが、息子さんから医師や弁護士、会社経営者などが終の棲家として選択しているという話を聞き、少しずつ興味が沸いてきました。
気遣いの素晴らしいと評判のホームを息子が見つけてきてくれた
子どもたちとの話し合いのなかで長男家族との同居の話もでましたが、口数が少なく、ぶっきらぼうな門倉さんにお嫁様と上手くやっていく自信はありませんでした。意を決し、息子に老人ホーム探しを頼むことにしました。門倉さんが出した条件は、犬と一緒に生活できること、自宅から近いこと、自分と同じような生活環境にいた入居者の多いところという3つでした。
息子はすぐに自宅から車で20分以内の老人ホームを見つけてきてくれました。働いている職員の気遣いが素晴らしいと評判のホームだと言います。子どもたちにとっては、介護が必要になったときに父親が心地よく過ごせるというのは何より安心だったのでしょう。
パンフレットを見ると「高級」とうたうだけあって設備はリゾートホテル並み、入居金もそれなりに高額なので入居者の雰囲気も想像できると門倉さんは思いました。
見学に行くと、オープンして3年ということで建物はきれいですし、ゆとりのあるスペースの使い方、そして入居者のプライベートを十分に配慮したつくりになっていました。愛犬と居住可能な部屋に空きがあるというので見せてもらうと、40平米の1LDK。広々したリビングには奥様との思い出のつまった家具を配置できそうです。ベッドルームからは緑豊かな広大な公園が見下ろせるロケーションも気に入りました。
奥様を失ってから愛犬だけがそばにいてくれる家族のようなもの。公園を犬と散歩できるのは自分の健康にも良いし、動物病院とも提携しており、トリミングや予防接種は車で犬を迎えに来てくれるという点も安心できました。
ひとり暮らしの時間をなるべく短縮するためにも、門倉さんはすぐに契約をして引っ越しとなりました。食事は3食ともホーム内のレストランで3種類から選択できます。露天風呂つきの大浴場、フィットネスジム、グランドピアノを置いた音楽室もあり、予約すればひとりで演奏を楽しむこともできます。
しかし1週間ほど経つと、門倉さんはホームの職員にストレスを感じ始めました。というのも、サービスの一環なのか、「困っていることはありませんか?」と聞いてくるのです。毎食レストランで顔を会わせているのだから不必要に思えました。
人付き合いが得意ではない門倉さんは、やたらに職員が話しかけてくるのも面倒でした。奥様ともほとんど会話のない生活でした。会話がなくても一緒に散歩をするだけで十分幸せでした。
しかし、職員は門倉さんのプライベートな時間に踏み込んでくるのです。ラウンジでコーヒーを飲んできるとき、犬を散歩させているとき、食事をしているとき、顔を見ると「今日は外出されますか?」「お体大丈夫ですか?」と声をかけてくるのが耐えられなくなったのです。文句を言うほどの話でもないと我慢していましたが、3カ月を過ぎたころ、息子に相談をしました。
息子が施設長に話しましたが「安否確認は安全を確保するために必要なこと。できるだけ負担をおかけしないようにしますが、お声かけは必要な仕事なのです」と言われてしまいました。
結局は退居。コンシェルジュにホーム選びを託すことに
このホームは人気があり、入居待ちをしている人も多いそうで、他の人には安心できる場所なのでしょう。しかし門倉さんにはサービス過剰に思えてしまったのです。4カ月ほどホームで過ごした後、門倉さんは一旦、息子家族との同居をスタートさせ、新たなホームを探すことになりました。
次は「老人ホーム選びのコンシェルジュ」にホーム探しを任せたそうです。老人ホームを選ぶ際には、入居する人の性格や生活スタイルがホームの方針とマッチしているかは非常に重要ですが、見学会だけではわからない部分でもあります。客観的な視点で「合う、合わない」を判断してもらえそうと門倉さんは紹介を楽しみに待っているそうです。