立地も設備も気に入り老人ホームへの入居を決めた山本芳子さん(79歳/仮名)。ところが、入居わずか3ヵ月で退所。その理由は「食事」にありました。入居金や月々の利用料の決して安くないホームだったのですが…。いったいなぜこのようなことが起きたのでしょうか。
※プライバシーに配慮し、実際の事例と変えている部分があります。
夫が逝去…生きがいがなくなった
60年近く専業主婦をしてきた芳子さんにとって「誰かのために」家事をすることが、人生のすべてでした。上場企業の役員だった夫に先立たれ半年。料理をする気にもなれず、老け込む一方です。息子がふたりいますが、長男は海外暮らし、次男は転勤で全国を巡るバンカーです。
唯一の趣味である絵手紙にも出かける気になれずいたところ、絵手紙仲間の友人から電話がありました。「あなた、このまま誰とも会わずにいたら認知症になっちゃうわよ。施設に入ることを考えてみたら」とアドバイス。思いもよらない話でした。足腰は弱ってきているものの、大きな病気は持っていませんし、夫が残してくれた自宅、そして郊外に別荘もあります。「息子たちが近くに戻ってきてくれたら、別荘で孫たちと夏休みを過ごすのが夢なの」と友人に話すと、「子どもに期待してないで、別荘を売ってそれなりの老人ホームに入ればいいのよ」と言われました。
老人ホームの見学会…試食した料理が気に入って
寂しさの募っていた芳子さんは、自立型の老人ホームを探し始めたところ、「体験」を実施している老人ホームが新聞広告にいくつも掲載されていることに気づきます。多少、入居金が高くても住み心地のよいところをと考え、別荘と同じエリアにあるところを2件ピックアップしました。自室でも料理ができて、子どもや孫が宿泊できるゲストルームがあることも条件にしました。
写真を見て気に入った2件の見学を申し込んだところ、すぐにひとつの老人ホームから連絡が来ました。1週間後には内見と食事の試食ができると言います。
当日は最寄り駅からバスで送迎してもらい、いよいよ現地へ。大浴場やプレイルーム、フィットスペースなど、充実のファシリティが自慢の老人ホーム。部屋は30平米以上あり、ひとりでは持て余しそうなくらい。IHコンロが2口ついたリビングダイニングキッチン、ベッドルーム、バス、トイレという間取りです。
当日は最寄り駅からバスで送迎してもらい、いよいよ現地へ。大浴場やプレイルーム、フィットスペースなど、充実のファシリティが自慢の老人ホーム。部屋は30平米以上あり、ひとりでは持て余しそうなくらい。IHコンロが2口ついたリビングダイニングキッチン、ベッドルーム、バス、トイレという間取りです。
帰宅後、見学の予約を入れていたもう1件の老人ホームには断りの電話を入れ、息子ふたりに「老人ホームに入る」と告げました。ふたりとも非常に驚き躊躇していましたが、お嫁さんたちは「お母様がされたいようになさってください」と背中を押してくれました。
話はとんとん拍子に進み、手続きには日本にいる次男のお嫁さんが立ち合ってくれました。自宅はそのまま、別荘は今後売却の方向で考えることにしました。
老人ホームに入居…すぐに抱いた違和感
引っ越しには次男が立ち会ってくれて、洋服、お気に入りの食器、読み返したい本など、最初は必要最低限のものを持ち込みました。いよいよ新生活の開始です。
初日は最上階にある温泉に入り、初めての夕食を楽しみにダイニングへ向かいました。ところが、芳子さんは食事を終えて違和感を覚えたといいます。食器やカラトリーは良いものを使っていますし、盛りつけもこだわったものでした。ただ味が薄味で、自分の好みとは少し違うと感じたといいます。
翌日の朝食は、パンとごはんが選べましたが、おかずはやはり薄味で芳子さんにとっては味気のないものでした。昼食は懐石弁当で、食材は良いものをつかっているのはわかりましたが、うま味を感じません。
「試食会でいただいたお料理は、あんなに私好みだったのに……」
3日間我慢しましたが、食が進まず、次男のお嫁さんに電話で相談してみました。お嫁さんがホームの担当者に確認してくれたところ、入居者の身体を考え、普段の食事は薄味を心掛けている、見学のときの食事は月に一度の特別メニューだったとわかりました。見学でそのような説明を聞いた覚えはなく芳子さんは落ち込みます。
昼食は自分の部屋でそばをゆでたり、近所のコンビニでおにぎりを買ってきたりしたが、朝夕はそんな気力も起こりません。徐々に食欲そのものがなくなり、1ヵ月で芳子さんは5キロも痩せてしまいました。
気力がなく、他の入居者との交流も避け、部屋に閉じこもった芳子さん。次男に泣きながら電話をかけて迎えに来てもらい、自宅へ一時帰宅したのです。それから一度もホームに戻らず入居3ヵ月で退所を決めました。
芳子さんは今も、自宅でひとり暮らしを続けながら、月に1件見学をして、食事の好みが合う老人ホームを見つけることにしたそうです。
「試食会に誰かと一緒に行って、もっと質問をしていれば、ホームに対する考え方や見方も違ったのかもしれませんね」 芳子さんのように食事の好みが原因で退所する例は決して少なくありません。見学時には特別な料理ではなく、ふだんのメニューを食べさせてもらうようにお願いしたほうが賢明です。