一人暮らしを続けるか老人ホームか……悩んだ末、老人ホームを選択した80代女性。場所、部屋の広さ、共有設備など、徹底的に調べて自分好みのホームを見つけたのですが、いざ入居してみるとたった一つだけ合わない点がありました。どうしても我慢できず退去も視野に入れています。いったに何があったのでしょうか。
一人暮らしを楽しんでいたが、80歳と同時に病気が次々と
61歳のとき、同い年だったご主人を亡くした寺澤倫子さん(81歳・仮名)。すでに一男一女は結婚して家を出ていたので、20年近く一人暮らしを続けてきました。料理は得意ですし、掃除は週に3回、外部の業者に頼んでいます。健康面も問題なし。華道の師範としてお弟子さんを数十名抱えています。体のメンテナンスとしてエステやマッサージに通い、美も保ってきました。
ところが80歳になった途端、急に体に異変を感じるようになりました。緑内障と脊柱管狭窄症の手術……華道教室は閉めざるを得ませんでした。
狭い居室はいや。暮らしぶりも変えたくない
動かしづらくなった手足でなんとか暮らしていましたが、徐々に鍋やフライパンを持つことや、家の2階への移動が難しくなってきました。そんなある日、娘さんがお孫さんを連れて遊びに来てくれました。自慢の料理を振る舞おうとしていた寺澤さん。しかし力が入らず、料理の入った鍋をひっくり返してしまったといいます。その様子を見ていた子どもたちから老人ホームへの入居をすすめられます。しかし寺澤さんは首を縦に振りません。
「狭い部屋はいや。今と同じような暮らしを続けたい」
寺澤さんは老人ホームの部屋は狭くて、ベッドと机ひとつしか置いていないといった印象を持っていたようです。名家の育ちで、家の敷地は200坪以上、避暑地にも大きな別荘を2軒所有しており、狭い家に住むなことに抵抗があるのも無理はありません。 子どもたちは慌てて、今の老人ホームにはいろいろなタイプがあり、寺澤さんが満足できる広く、贅沢なつくりのところもたくさんあると説明しました。寺澤さんはにわかに信じがたい顔をしていましたが、とにかく一度、見学に行ってみようという話になったのです。
ホテルライクな高級老人ホームに感激
娘さんが集めてきた老人ホームのパンフレットやチラシを見せても、寺澤さんは気乗りをしていないようでまともに見てくれません。そこで、ノートパソコンを開いて寺澤さんに老人ホームの動画を見せることにしました。
ホテルライクなエントランス、50平米を超えるような広い居室、温泉やエステルーム、プール、ビリヤード場やバーなど、ホームの設備が次々に映し出されると
「これ、本当に老人ホーム?」
寺澤さんは驚きを隠せません。何軒かの老人ホームの動画を見て、広いバルコニーから花であふれる庭園が見下ろせる部屋をとても気に入った様子です。
贅沢な居室、四季折々の花が見下ろせるバルコニー
気に入っていた部屋でも、空きがなければ入れないと娘さんから聞き、すぐにでも見に行きたいと寺澤さんは見学会への申し込みを希望しました。四季の花が愛でられる、できるだけ広い居室、バルコニー付き、専門的なエステを受けられる、いつでも温泉に入れるなど、寺澤さんの要望を聞き取り、娘さんがチョイスした3軒に早速、行ってみることになりました。
どの老人ホームもまるでリゾートホテルのようで、寺澤さんのこれまでの生活の質とは変わらない暮らしが約束されそうです。3つの中から選んだのは、娘さんの自宅から車で20分という立地、60平米にウォークインクローゼットつきの寝室、広々したLDK、バストイレ、テーブルとイスの置かれたバルコニーという間取りのホームです。温泉は屋内だけでなく露天風呂も完備。エステは有名ブランドが手掛けているということで安心できました。
好みに合うホームだったはずが、食事だけNGだった
すべてが自分好みの老人ホームに出合えた寺澤さん。自宅は懇意にしている不動産会社に売却の準備を進めてもらい、すぐに引越しをしました。部屋の使い勝手は快適ですし、居住している人たちも、寺澤さんと同じような生活レベルなので違和感がありません。すぐに友達もできました。
しかし住み始めて1週間ほど経つと、寺澤さんの表情にかげりが見え始めました。その理由は食事でした。見た目は豪華なのですが、どこかファミリーレストランのランチメニューのようなラインナップ。味付けは可もなく不可もなく、といったところですが、強いていえば寺澤さんの好みとは微妙に異なっていたといいます。
ほかの老人ホームに入居した友人、数人に電話をしてみると「元有名レストランのシェフが作ってくれている」とか、「管理栄養士がいて、毎食、丁寧に作ってくれている」と話します。そういえば、自分のホームにシェフはいるのだろうかと、改めてパンフレットを見てみましたが、シェフの名前や肩書きは記載されていませんでした。
自分の好みとは違うという、ほんの少しの違和感。それがこれから先も続くと思うと……寺嶋さん、段々と苦痛は大きくなっていったといいます。
プロに任せて、本当に合うホームを見つけたい
翌週、遊びに来た娘さんに食事が口に合わないと話すと、スマートフォンで何やら調べ始めました。そして
「お母さん、ごめん! ここ食事の評価が低いわ。ご飯が美味しくないとか、メニューのバリエーションが少ないって」
と、言うのです。そういえば、このホームだけ見学時に食事会がなかったことを思い出しました。他のホームの試食が美味しかったので、どこでも同じように美味しい料理が提供されると勝手に思い込んでしまったのです。
もはや自室で料理をするのは難しい寺澤さん。このまま一生、口に合わない料理を食べ続けるのは厳しい……。
「もうだめ、耐えられない!」。
現在、老人ホーム選びのプロに相談して別のホームを探しているところです。
個人でホームを探すと、良い面にばかり目が行き、大切な部分を見落としてしまうことがあります。なるべくたくさんの人の目で確認する、あるいは専門家の意見を聞くのが後悔の無い老人ホーム選びの鉄則です。