3人の息子を育てあげ、現都内の高級住宅街で一人暮らしをしていた黒川良子さん(仮名/79歳)。介護が必要になったときのことを考え、元気なうちに自宅を売却し気に入った老人ホームに入居しようと実行に移したのですが、困ったことになっていると言います。
余生は自然に囲まれて生きていきたい
長男と次男のお嫁さんとの相性が悪く、独身の三男は海外暮らしと、子どもたちとは疎遠になっていた黒川さん。1年前に夫が亡くなり一人暮らしになってから、この先の人生をどこでどう生きるか考えるようになっていました。
あるとき、新聞に掲載されていた老人ホームの広告に目が留まりました。自宅から電車で1時間以上かかる郊外ですが、山と湖が目の前に広がる自然あふれる環境です。子どもたちとのトラブルから解放され、余生はのんびりと自然に囲まれて過ごすのもいいなと思いを馳せました。数ヵ月後にオープン予定と書かれているので早速、問い合わせをしてみました。
2ヵ月後に完成予定の素敵な老人ホームを見つけた
建物が完成するのは2ヵ月後。モデルルームがあるというので見学に行くとバリアフリーに配慮され、使い勝手の良い間取りです。内装はシックで落ち着きますし、何より空気の美味しい最高の環境でした。黒川さんの趣味である絵画のレッスンにも力を入れる予定と聞き胸の高鳴りを感じたといいます。
「ここを終の棲家にしよう」と決断した黒川さんは、すぐに自宅の売却を不動産会社に頼みました。子どもたちは黒川さんとの折り合いが悪いだけでなく、兄弟間の仲も良くありません。「資産を残しても、きっと揉めるだろう」と予想ができたので、老人ホームに入居する前に、贈与を済ませてしまいたいと考えていました。
生前贈与で資産はすっきり。自宅も売却に成功
知り合いの弁護士と司法書士に相談し、銀行に預けてある現金や株は3人均等に生前贈与。自宅は売却。売却額で老人ホームの入居金や月々の利用料を払っていくことにしました。子どもたちも生きている母親の言葉には従わざるを得ず、納得してくれました。
幸いなことに立地に恵まれている自宅はすぐに売却できました。上物は古いので取り壊しになるそうですが、思い入れが強いわけでもなかったのですっきりした気分でした。自宅にあったものはほとんど処分し、老人ホームでは備え付けの家具を使うことにしました。わずかな洋服と趣味の絵画の道具を持って、いよいよ転居となりました。
都会暮らしから自然に囲まれた環境への転換に後悔
入居して数週間は新しい環境に慣れるのに必死でしたが、1ヵ月を過ぎた頃、急に寂しさが込み上げてきました。自宅にいたころの黒川さんは、月に一度は美術館や観劇に出かけ、誘われれば近所の友人とランチにも行っていました。都会暮らしだったので、いつでも気軽に好きな場所に行けていたあの頃が懐かしく思えてなりません。
服やアクセサリーなんて興味なくなったと思い込んでいたけれど、買い物に行けないとなると、デパートの外商担当者が恋しくなったり、行きつけのレストランのワインが飲みなくなったりと、次々に胸に迫る思いがありました。「高齢だし外出できなくても問題ない」と思っていましたが、ずっとホームの中にいることがストレスになっていたようです。
期待していた絵画のレッスンは半年に一回の開催だった
そして何より、アトリエがあり本格的な絵画を学べるというのが老人ホームの宣伝文句だったのに、実際には介護士がアトリエにテーブルや椅子を準備してくれるだけ。「学べるというのはどういうことですか?」と質問してみると「半年に1回くらい、美大の先生に来てもらう予定です」とニッコリ笑います。黒川さんは週に一回程度のレッスンを受けられると思っていただけにショックでした。
好きな場所に行かれない。好きな趣味にも打ち込めない。寂しいのに入居者と仲良くなることも避けてしまいます。落ち込みが激しくなり、海外にいる三男に連絡をすると「別の老人ホームに移ればいい」と言われましたが、戻る自宅ももうありません。
自宅の売却と資産整理は入居後にするべきだったと後悔する日々
途方に暮れた黒川さんは、現在老人ホーム選びの専門家に相談をして、今の老人ホームに住みながら別のホームを探しているところです。ただ、入居金となる多額の現金が用意できないので、一度は格安のホームに移り、今のホームの入居金が精算されたあとで、好みのホームを探す予定になっているそうです。
専門家からは子どもたちに支援をお願いするようにとアドバイスがあったそうですが、贈与で方が付いているのに再度揉めるのはイヤだと、黒川さんは拒否しています。自宅を急いで売却せず、入居後に資産の整理をしても良かったと涙を流す黒川さんです。